分散型データ分析基盤「データメッシュ(Data Mesh)」概説(1)

1.はじめに

 近年、企業におけるデータの重要性は飛躍的に高まり、データ駆動型の意思決定やAI活用が競争優位を生み出す重要な要素となっています。しかし、データ管理の現場では、データのサイロ化、データ品質の問題、ガバナンスの複雑化など、多くの課題が存在します。
 従来のデータウェアハウス(DWH)やデータレイクは、組織全体のデータを中央集権的に管理するアプローチを採用してきました。この方法は、データ統合やガバナンスの一元化にメリットがある一方で、データ提供の遅延、変更の柔軟性の欠如、データチームへの過度な依存といった課題が指摘されています。
 データメッシュは、こうした従来型アーキテクチャの限界を克服するために提唱された、新しい分散型のデータ管理アプローチです。データを各ビジネスドメインで所有し、データを「プロダクト」として提供することで、より迅速で柔軟なデータ活用を可能にします。
 データメッシュの導入事例はまだ限られていますが、その優れた概念と 分散型データ管理によるスケーラビリティの向上、データの所有権を明確化することによるガバナンス強化、ビジネス部門の主体的なデータ活用を促進する仕組み など、数多くの利点を備えています。そのため、今後はより多くの企業で導入が進み、データ活用の新たな標準のひとつとして定着していくことが考えられます。
 本内容では、データメッシュの基本概念から技術スタック、組織変革、実装ステップまでを詳しく解説します。特に、データプラットフォームやガバナンスの自動化、組織変革の要点について次の3回に分けて概説します。
  • 第1回(本稿)
      1. データメッシュとは
      1. データメッシュ導入の利点
      1. データメッシュにおける組織設計
  • 第2回
      1. データの流れとアーキテクチャ
      1. データメッシュに適した技術スタック
      1. データメッシュに必要なガバナンス
  • 第3回
      1. データメッシュ導入のための組織変革
      1. データメッシュ導入のステップ
      1. まとめ
 

2.データメッシュとは

 

データメッシュの基本概念

 データメッシュは、従来の中央集権的なデータ管理に代わる新しいアプローチであり、次の4つの原則に基づいています。
  1. ドメイン駆動の分散データ所有 - 各ビジネスドメインがデータの所有権を持つ。
  1. データをプロダクトとして管理 - データの提供をサービス化し、利用者視点で設計する。
  1. セルフサービス型のデータプラットフォーム - 開発者が自律的にデータを提供・活用できる基盤を構築。
  1. フェデレーテッド・コンピュテーショナル・ガバナンス - 分散型でありながら統制が取れたデータ管理を実現する。

従来型のデータ基盤との比較

 従来のデータウェアハウスやデータレイクと比較すると、データメッシュは次のような違いがあります。
特徴従来型データ基盤データメッシュ
データ所有権中央データチーム各ドメインチーム
データ提供方式旧来はモノリシックアーキテクチャによるバッチ処理が主流 近年はマイクロサービス化マイクロサービス化(API・ストリーミング対応)
変更対応中央チームの承認が必要各ドメインで迅速に対応可能
ガバナンス中央での一元的管理標準化、自動化された分散管理
 データのオーナーや役割分担は次のように変わります。
従来のデータ基盤の概要
従来のデータ基盤の概要
データメッシュを採用したデータ基盤の概要
データメッシュを採用したデータ基盤の概要

データメッシュの4つの原則

 データメッシュは、従来の中央集権型データ管理が抱える課題を解決するために、4つの主要な原則を掲げています。本節では、それぞれの原則を解説します。
 

分散型のドメイン指向データ所有権(Domain-oriented Decentralized Data Ownership)

 従来のデータ管理では、データは中央のデータチームやデータプラットフォームが一元的に管理していました。しかし、この方式では、データの取得や変更に時間がかかり、データの鮮度や柔軟性が損なわれる問題がありました。
データメッシュでは、各ドメイン(ビジネス領域)ごとにデータの所有権を持ち、そのドメインのチームがデータの管理・提供を担当します。これにより、データの更新や利用が迅速に行われ、各チームが自律的にデータの品質や構造を最適化できます解決できる課題課題

データを製品(プロダクト)として提供(Data as a Product)

 データメッシュでは、データは単なる保存された情報ではなく、明確な品質基準を持つ「データ製品(Data Product)」として提供されるべきであるとしています。データ製品とは、データそのものだけでなく、そのメタデータ、ドキュメント、アクセス方法、SLO(サービスレベル目標)、品質保証を含んだパッケージと考えられます。
 各ドメインチームは、データの消費者(エンドユーザー)が安心して利用できるよう、データの品質や可用性を保証し、ユーザーエクスペリエンスを向上させることが求められます。

セルフサービス型のデータインフラ(Self-serve Data Infrastructure as a Platform)

 従来のデータ基盤では、データの取得や加工には専門的なデータエンジニアの手作業が必要でした。しかし、データメッシュでは、セルフサービス型のデータプラットフォームを提供し、ドメインチームが独立してデータパイプラインを構築・管理できるようにします。
 このプラットフォームは、データの保存、処理、アクセス管理、カタログ機能、モニタリング、セキュリティ管理などを包括的に提供し、利用者が迅速にデータを活用できる環境を整えます。

フェデレーテッド(分散型)コンピュテーショナル・ガバナンス(Federated Computational Governance)

 データメッシュでは、データガバナンスのアプローチも大きく変わります。従来の中央集権型ガバナンスでは、データの管理やアクセス制御が一元的に決められており、各チームがデータを活用する際に多くの制約や手続きが発生していました。
 データメッシュでは、「フェデレーテッド・コンピュテーショナル・ガバナンス」と呼ばれる新しい方式を採用します。これは、ドメインごとに独立したガバナンスを実施しながら、共通のルールやポリシーを自動的に適用する仕組みです。具体的には、データアクセス制御、データ品質管理、セキュリティポリシーなどを、プラットフォームがプログラム的に適用・管理することで、手作業によるガバナンスの負担を減らします。
 

データメッシュ導入のメリットと課題

 データメッシュの導入によって、データ活用のスピード向上、スケーラビリティの確保、データ品質の向上が期待できます。一方で、ガバナンスの適切な設計や組織文化の変革が求められるため、単なる技術導入ではなく全社的な取り組みが必要となります。
 
 データメッシュは、従来の中央集権型データ管理の課題を解決し、データの活用をより効果的にするための新しいアプローチです。本章では、データメッシュを導入することで得られる主な利点について詳しく解説します。
 

3.データメッシュ導入の利点

 データメッシュは、従来の中央集権型データ管理の課題を解決し、データの活用をより効果的にするための新しいアプローチです。本稿では、データメッシュを導入することで得られる主な利点について詳しく解説します。
 

データ提供の迅速化とビジネスの俊敏性向上

 従来の中央集権型データ基盤では、データの取得・加工・提供に多くのステップが必要であり、中央データチームの負担が大きくなる傾向がありました。その結果、データ提供のリードタイムが長くなり、ビジネスの意思決定が遅れることが課題となっていました。
データメッシュでは、各ドメインがデータの提供と管理を自律的に行うため、データの変更や追加を即座に反映できるようになります。これにより、以下のような効果が得られます。
  • データの即時活用 ビジネス部門が必要とするデータを素早く取得し、リアルタイムに近い分析が可能となる。
  • 変更への迅速な対応 データモデルやスキーマの変更が必要な場合、ドメインチームが独自に対応できるため、開発のスピードが向上。
  • 新規データ活用の促進 各ドメインが独立してデータ製品を開発できるため、新しいデータ活用のアイデアを試すハードルが下がる。
このように、データメッシュはデータの提供プロセスを短縮し、ビジネスの俊敏性を高めることができます。

スケーラビリティの向上

 中央集権型のデータ基盤では、すべてのデータ処理が一箇所に集中するため、組織全体のデータ量が増えるにつれて、処理負荷の増大やパフォーマンス低下のリスクが高まります。
 データメッシュは、各ドメインがデータの処理を分散して行うため、組織全体のデータ量が増えても、システム全体の負荷が適切に分散されます。これにより、以下のようなスケーラビリティの向上が期待できます。
  • 処理負荷の分散 データ処理が各ドメインに分散されることで、中央データ基盤のボトルネックが解消される。
  • 分散コンピューティングの活用 クラウドや分散処理技術(Apache Spark, Kubernetes など)を活用し、必要なリソースを動的にスケールアップ・ダウンできる。
  • システムの柔軟性向上 それぞれのドメインが最適な技術スタックを選択できるため、用途に応じた最適なパフォーマンスが実現可能。
 データメッシュの分散アーキテクチャにより、組織のデータ基盤が持続的に成長できる環境が整います。

データ品質とデータトラストの向上

中央集権型データ基盤では、データが一元管理されるため、データ品質の向上には中央チームがすべてのデータを監視・管理する必要がありました。しかし、データの生成元で品質管理が行われない場合、不整合やデータの誤りが発生しやすくなります。
データメッシュでは、各ドメインがデータの所有者として、データ品質を保証する責任を持つため、データの信頼性が向上します。
  • データ品質の自律的管理 データを作成するドメインが直接品質を管理することで、データの正確性や一貫性が向上。
  • データガバナンスの強化 フェデレーテッド・ガバナンスにより、データポリシーが統一され、データのセキュリティやプライバシー保護が強化される。
  • データの可観測性(Observability)の向上 各データ製品のメタデータや品質メトリクスが可視化され、利用者が信頼できるデータを選択しやすくなる。
これにより、データ利用者は安心してデータを活用でき、ビジネス上の意思決定の精度が向上します。

データの相互運用性(Interoperability)の向上

 データメッシュでは、異なるドメインが独立してデータを管理しますが、それぞれのデータ製品が互いに連携しやすくなるよう、標準的なプロトコルやAPIを用いた相互運用性が確保されます。
  • 標準化されたデータアクセス データ製品は統一されたAPIやメタデータスキーマを持つため、異なるドメインのデータを統合しやすい。
  • クエリの統一 データのクエリ言語やフォーマットが標準化されているため、データの統合や分析が容易になる。
  • データガバナンスの統一 セキュリティ、アクセスポリシー、コンプライアンス要件が全ドメインで共通化され、組織全体で統一的なデータ管理が可能になる。
 この相互運用性の向上により、異なるドメインのデータを組み合わせた高度な分析や、新しいビジネス機会の創出が容易になります。

データエンジニアの負担軽減と開発の民主化

 従来のデータ基盤では、データエンジニアがデータパイプラインの設計・運用・トラブルシューティングを担当する必要があり、その負担が非常に大きいものでした。一方、データメッシュでは、セルフサービス型のデータプラットフォームを活用することで、データエンジニア以外の一般的な技術者(ジェネラリスト技術者)もデータを扱えるようになります。
  • データパイプラインの自動化 ドメインチームがセルフサービスでデータパイプラインを構築・管理できる環境が提供される。
  • 開発の民主化 データサイエンティストやアプリケーションエンジニアもデータを容易に利用できるようになり、データ活用の幅が広がる。
  • エンジニアリソースの最適化 データエンジニアがインフラ運用や管理作業に追われるのではなく、高度なデータ処理や最適化に集中できる。
 このように、データメッシュはデータエンジニアの負担を軽減し、データ活用をより多くの技術者に広げることで、データドリブンな文化の浸透を促進します。
 

4.データメッシュにおける組織設計

 データメッシュの導入において最も重要な要素の一つが、組織の設計です。従来の中央集権型データ管理では、データチームがデータの収集、加工、提供を一手に担っていましたが、データメッシュでは各ビジネスドメインがデータを管理し、「データ製品」として提供する役割を果たします。これにより、データの可用性と活用のスピードが向上し、ビジネスに即したデータ管理が可能となります。本章では、データメッシュの組織設計において登場する主要な役割とその責務、運用モデルについて詳しく解説します。

データメッシュに必要な役割と責務

データメッシュを効果的に運用するためには、従来の中央データチームとは異なる組織体制が必要です。データの所有権を分散し、各ドメインが独立してデータを管理するために、以下のような役割が必要となります。
  1. データプロダクトオーナー(Data Product Owner)
  1. データプロダクト開発者(Data Product Developer)
  1. データプラットフォームチーム(Data Platform Team)
  1. フェデレーテッドガバナンスチーム(Federated Governance Team)
  1. ドメインエンジニア(Domain Engineer)
  1. ビジネスユーザー・データ消費者(Business Users & Data Consumers)
これらの役割が相互に連携し、データの提供と利用のサイクルを円滑に回すことがデータメッシュの成功の鍵となります。

データプロダクトオーナー

 データプロダクトオーナー(Data Product Owner) は、各ドメインにおけるデータ管理の責任者です。従来のデータスチュワード(Data Steward)と異なり、技術チームとビジネスチームの橋渡し役として、データ製品の品質や提供方針を決定します。
  • 役割と責務
    • データ製品の品質管理 データの完全性、鮮度、正確性を保証する。
    • データガバナンスの実施 セキュリティ、コンプライアンス、プライバシー保護のルールを遵守する。
    • データ製品の利用促進 ビジネス部門と連携し、データ製品の利用率向上を図る。
    • データアクセスの最適化 APIやクエリを通じて、データ利用者がスムーズにデータを取得できるようにする。
 データプロダクトオーナーは、ドメインにおけるデータの戦略を決定し、ビジネス価値を最大化する責務を持ちます。
 

データプロダクト開発者

 データプロダクト開発者(Data Product Developer) は、データプロダクトオーナーの指示のもと、データ製品の設計・開発・運用を担当する技術者です。
  • 役割と責務
    • データパイプラインの構築 ETL/ELT処理を実装し、データ製品を生成・更新する。
    • APIの開発と提供 データ利用者がアクセスしやすい形でデータを提供するためのAPIを設計・開発する。
    • データ品質の保証 データ検証・モニタリングの仕組みを構築し、異常検知を行う。
    • データ製品のメタデータ管理 データカタログやスキーマ情報を整理し、データの発見性を向上させる。
 データプロダクト開発者は、各ドメインのエンジニアと連携しながら、データの取得・処理・提供の仕組みを構築します。
 

データプラットフォームチーム

 データプラットフォームチーム(Data Platform Team) は、データメッシュを支える共通基盤の開発と運用を担います。データプロダクトオーナーや開発者がスムーズにデータ製品を提供できるよう、各種ツールやAPIを整備します。
  • 役割と責務
    • データ基盤の開発・管理 ストレージ、データ処理エンジン、データカタログ、認証基盤の提供。
    • セルフサービス型の開発環境の整備 ドメインチームが自律的にデータパイプラインを構築できる環境を提供。
    • 自動化の推進 データガバナンスの自動化、インフラ管理の効率化を支援。
    • 監視と運用のサポート データ製品のパフォーマンス監視、障害対応を支援。
 データプラットフォームチームの役割は、データメッシュの導入・運用を円滑に進めるための重要な基盤となります。
 

フェデレーテッド・ガバナンスチームの役割

 フェデレーテッド・ガバナンスチーム(Federated Governance Team) は、データメッシュの標準化とルールの策定を行うチームです。データガバナンスの自動化を推進し、各ドメインが適切なポリシーのもとでデータを提供できるよう支援します。
  • 役割と責務
    • グローバルポリシーの策定 データ品質、アクセス管理、コンプライアンス基準の決定。
    • ガバナンスの自動化 データプラットフォームと連携し、ポリシーの実装を自動化。
    • データセキュリティの監視 データの不正アクセス防止、データプライバシーの管理。
    • データカタログの維持管理 各ドメインのデータが適切に記録・検索可能な状態を維持。
 フェデレーテッド・ガバナンスチームは、データメッシュが分散型でありながら統制された状態を維持するための要となります。
 

ドメインチームとデータメッシュ

 データメッシュでは、各ビジネスドメインがデータの所有権を持ち、データ製品の開発と提供を担当します。従来の中央データチームに依存するのではなく、ドメインチームが自律的にデータを管理することで、以下のメリットが得られます。
  • データ提供の迅速化 データの変更や追加をドメインチームが直接管理するため、提供スピードが向上。
  • データ品質の向上 データの作成者が直接品質を管理するため、一貫性が保たれる。
  • ビジネスニーズへの適応 各ドメインが独自のKPIに基づいてデータを管理できるため、ビジネス価値の高いデータを提供可能。
 ドメインチームの役割は、データメッシュの成否を左右する重要な要素となるため、適切なスキルセットを持つ人材の配置やトレーニングが必要です。
 
 
 今回はデータメッシュの基本概念とその利点について紹介しました。データメッシュは分散型データ管理を実現する新しいアプローチですが、実際に導入するにはいくつかの課題も存在します。次回は、データメッシュを採用する際に直面しやすい課題と、それに対するアプローチについて詳しく解説していきます。
 

参考文献

 
  • Data Mesh   Delivering Data-Driven Value at Scale 2022 Zhamak Dehghani.
  • Deciphering Data Architectures 2024 James Serra.